1989年5月14日(水)「赤旗日曜版」

女子高生監禁殺人事件を考える

 東京。足立区でおきた女子高生監禁殺人事件は、各方面に大きな
ショックを与え、波紋を広げています。親は。地域や学校はどうだ
ったのか。まだ多くの問題点が残されています。今回は、学校につ
いて−。

学校は…

体罰、締めつけの中で
心とざした子どもたち?

再生へ教師の努力も

 先日、事件に関係のある少年たちが卒業したA中学校で、全校保護者会がひら
かれました。父母や地域の人たち約六百人が集まりました。家庭、学校、地域の
問題など参加者は予定を超え二時間半、熱心に話し合いました。
 集会に参加した母親(四〇)はいいます。

 「ことし上の娘を卒業させ、下の娘を入学させましたが、上の子のときは、前
髪はまゆに触れない、後ろはえりにつかない、とか、とにかくばかばかしいほどの
服装チェックでした。でも、ここ二年ほどはそんなにきびしくないし、体罰の
話もあまり聞かなくなりました」
 A中学校では、二年ほど前まで体罰が日常的にやられていました。
 A中学校区の主婦(五六)はこんどの事件は「おこるべくしておきた」と思ったと
いいます。
 八年前、中学校に通う息子が登校拒否になった体験があるからです。息子の登
校拒否の原因は、かばんを
つぶして登校した一年生が職員室で担任の教師たちからなぐられているのを見
たからでした。ほかの先生は見て見ぬふりでした。「なんで止めないのだろう」と
ショックを受けたのです。
 その子も含めて大勢が、英語ができないからとなぐられ、試験の点数が悪いと
いってなぐられました。
 全校集会で校長はよく生徒たちをおどしていました。
 「何か悪いことをしたら、この学校に置いておかない。すぐ少年院に送って
やる」
 そのせいか、七、八年前、足立区内の中学校で校内暴力が荒れ狂っていた時
期でも、この中学校は、授業は静か、廊下はピカピカ、生徒は礼儀正しく、校
内暴力とは無縁でした。

 当時のA中学校を知る教師は言います。
 「とにかく集会でも、授業でも私語がないんです。一見していいように見える
けれども、自主性がなくて、先のことを考えると、怖いぐらいでした。早く中
学校を卒業したいという生徒が大勢いました」
 中学校区はちがいますが、同じ足立区にすむ自営業、Oさん(五六)はいいま
す。
 「ああ、やっぱりと思いました」
 Oさんの息子は六年前、足立区の別の中学校の一年生のとき教師の理由のな
い暴力で、片手を複雑骨折し、茶わんを持てないという障害が残りました。
 そのときの校長が女子高生監禁殺人事件をおこした少年たちが在学中のA中学
の校長だったからです。
 当時Oさんの息子の通っていた中学は、管理教育が徹底してやられ、体罰が横
行していました。
 しかし、校長は、同区教委に体罰を隠していました。Oさんの二年あまりの
運動でやっと体罰があったことを認め、校長たちは、戒告処分を受けた経過があ
ります。
 ところで、A中学校は、いわゆる”名門校”といわれています。歴代の校長
は、同区の校長会の会長になっています。また、管理職の登竜門のようになって
いて、教頭試験をうける教師も多いし、校長や教頭になって転任していく教師も
多くいました。

 一九八五年と八六年には生徒指導のモデル校に指定されていました。それでい
て体罰・暴力で生徒を抑えるという教育方針をとっていました。
 髪が長いからと、教師になぐられて鼻血をだし、真っ白なブラウスを真っ赤に
して帰った女子生徒とか、鼓膜を破られたとか、体罰はあとをたたなかったとあ
る母親は証言しています。
 その抑えつけられた憎しみからか、卒業時期になると、毎日のように校舎の窓
ガラスが割られたり、荒らされたり、ぼや騒ぎが起きたりしていました。
 今回おきた事件はこうした学校の問題と同時に親の問題、子どもを食いものに
する暴力団など地域の問題もあります。

 東京都教職員組合足立支部は、この問題について次のように指摘します。
 「事件発生の背景としては、さまざまに入り組んだ複雑な要因があげられ短絡
的にいうことは危険です。
ただ、いえることは、学習指導要領による『おちこぼれ』の容認、受験地獄と偏
差値による輪切りなどにより、子どもたちのなかには、自分の将来に希望をもつこ
とができず、みずから学校へいくことを拒絶してしまうこともあります。さら
に、その傾向に拍車をかけるのがいきすぎた校則によるしめつけなど、管理主義
的な教育体制と体罰の横行です。一方、子どもたちをとりまく退廃的な文化、地
域、家庭環境の悪さも加わり、非行やいじめの土壌になっていることも否定でき
ません」
 先日のA中学校での全校保護者会では、学校を避難する発言もありました。し
かし、一年生の娘を持つ父親(四二)はいいました。
 「高校中退者は全国十一万人を超えているわけだし、いじめでも実態はさま
ざまで、学校の指導だけでなくなるものでもない。先生方と父母とが一緒になっ
てがんばっていきましょう」
 拍手がおこりました。
 教師たちは、地域の父母との集会で素直な声を聞くなど、学校再生への努力も
始まっています。
 そして親たちも「なんといっても、私たち親の責任は大きい」と−−。


非行問題研究家
大石めぐみさんの話

成長の節目節目に
”親と子”の葛藤を

 この事件にかかわった少年のなかに共働きの共産党員の両親がいたということ
で、「共産党員の家庭だったからこんな子どもに育った」という声があります
が、これはまったくの俗論です。

「親の背中」論
考え直さねば

 ただ、いまの社会は親が、社会を変えるために立派に活動していれば子ども
は立派に育つ、という状況ではありません。外では民主運動を献身的にやってい
るが、家庭生活や地域とのつながりなどについては熱心でなく、無関心だという
のでは、建前だけの「民主」です。この少年の両親の場合も、結果としてそう
だったと思います。

 「子どもは親の背中をみて育つ」論は、全面的に、人間的ではありません。考
え直す必要があります。
 家庭の子育てで大事なのは、親と子のかかわり方です。小さいころから親が子
どもと真正面からむきあう、子育てのなかで親も成長するというかかわり方が
望まれます。

子どもの心に
届くことばを

 第一次反抗期とか十歳の壁、第二反抗期などといわれます。そのとき、節目節
目に親が真剣に熱心に”対決”することが大事です。私はそのことを「親と子の
間の葛藤 (かっとう) 」と呼んでいます。
 非行に走る子どもたちが考える力が弱いとか感情をコントロールできない、成
長していないなどといわれます。その原因の多くは、親子の必要な葛藤をへてい
ないところからきています。
 子どもたちにとって大切にしたい感情が二つあります。一つは、どんなに偉い
人、強い人のいうことでも納得しないことはウンといわない、泣き寝入りしない
こと。もう一つは、男女差別、成績による差別、貧富による差別など、差別はゴ
メンだという気持ちです。
 この二つは、子どもが反抗するときの心のなかに必ずあるものです。このこと
についてまともにとりあわなかったり、校則や父親の権威をふりかざすだけでは
解決になりません。
 「わかんねぇ」「うるせえな」などといういまの子どもたちは、扱いにくいと
いいます。しかし、これは結果として納得させえていないからです。親の側に心
に届くことば、態度が必要なんです。

進路のことば
人生 の 問題

 この少年は中学三年ごろから非行に走り、家庭内暴力をふるうようになりま
す。一般的にもそうですが、「子どもがある日突然変わった。兆候に気がつか
なかった」という親が多い。
 非行の大きさ、性質によってもちがうし、必ずしも非行ではない行為のときも
そうです。精神的乳ばなれの年ごろにはいろいろあります。これまで親のいう通
りにしてきたが、自分の足で歩きはじめる。節目節目で葛藤をくり返してきた家
庭であれば親の方も「自立のときだな」と見当がつきます。
 親の権威で抑えつけてきた家庭では、子どもの変化にろうばいしてしまう。子
どもがみえなくなったと思うのです。
 男の子どもだったら男の子から男性へという時期。ひと皮むけば、いかに立派
に、しっかりした男たらんかとしているあがきだともいえます。父親が手ごたえ
ある手本になっていればよいが、父親としての存在感がなかったり、反面教師に
なっていると、街頭に男らしさを探しにいくわけです。非行グループややくざ
だったり、タレントだったリ…。
 この家庭の場合、子どもが高校中退してから急速に非行に転落していきます。
高校入学もそうですが、中退は一つの大きな転機だったと思います。成績が下が
り、勉強してもしようがないと考えたとき、子どもは「自分は、はんぱもん」と
思ったり、さびしい気持ちになる。そのとき親が「うちの子はだめらしい。なら
ば無理せんでいい」などとあきらめたりしないで、人間としてどう生きるのか、
すばらしい生き方とはなんなのかを教えることが大事です。進路問題を人生の問
題として語りあってほしかった。

人間見失わせ
る性的退廃

 同時に今度の事件でとくに感じるのは、性的退廃文化の問題です。最近の性的
事件を見ると共通した特徴があります。
 ポルノやアダルトビデオ文化の影響で生身の人間相手というのではなく、疑似
体験の延長というか一人相撲なんです。人間というか個の手ごたえのある対等
平等の女性にはこわくて手が届かない。恋愛などはシンどいと思う。だから性的
事件をおこしても相手の痛みを感じるということなどおそろしく乏しいわけで
す。
 人間としての女性を見失わせている性的退廃文化のはんらんは許せません。

子育てのネッ
トワークを

 この両親の場合もそうですし、他にもみうけられますが、子育てや夫婦のこと
を職場や地域で語りあえていたら未然に事件を防げただろうと強く思います。
 共働きで、しかも民主的な活動をしていれば、そうでない家庭にくらべ忙しい
などのハンディはあります。しかし、夫婦で力を合わせ、より民主的な明るい
家庭をつくりうる条件はいっそうあります。
 この両親が家の隣近所、地域、学校のPTAなどに話しあえる仲間をつくる、
厚いネットワークをはる。同じ悩みをもつ親同士が励ましあい、解決策をさぐ
る。そうした努力をしていたらと思わざるを得ません。