1989年5月7日(水)「赤旗日曜版」
女子高生監禁殺人事件を考える
親は体をはってでも
子ども見守る地域のつながりを
子育ての
対応策は
教育評論家
能重 真作さん
中退者出さない
努力と善後策は
社会と行政の責任
衝撃を与えたこの事件には、いくつかの要因があると思います。こうした事件
を防ぐためには、対応策も多面的でなければならないでしょう。
家 庭
女子高生の監禁場所となった少年の家庭の場合ですが、親の権威が喪失してい
た、親が子どもに教えるべきことを教えることができない状況が、かなり前から
あったと考えられます。
中学三年ごろから部屋にカギをかけるようになったとききます。親が部屋に踏
み込めない、はねつけられる。
それがどこからきているのか。子供の部屋に親が入るのは親の権利だという人
もいます。たしかにそうです。しかし、そうできるためには、親子の信頼、親が
子どもをきっちと育てているという裏付けがあってこそです。
年ごろになれば、親への反発はあります。自立のためにだれでも通りぬける関
門です。しかし、この少年の場合は、たんなる第二反抗期などというものではな
く、それをはるかに超えています。
これまでの子育てがどんなものだったか。子どもは感覚的に親をとらえるもの
です。日々の忙しさのなかで、本来なら親がすべきことをお金で代替させること
があります。たとえば食事。でも、子どもたちは空腹は満たされても心のかわ
きは満たされません。「親らしいことをしてねぇじないか」という思いです。こ
このところを一人ひとりの親が問い直す必要があると思います。
共産党員の家庭であればこそ子どもの心を満たす努力はできます。たとえば月
に一日は子どものために使うとか、日ごろからちょっとしたやさしい言葉をかけ
てやるとか。忙しくても子どもへの思いが通ずるような対応があれば乗り越えて
いけるのです。
同時に、この少年の両親が、急速に子どもが非行に走っていく時期、たまり場
になった段階、こんどの事件など、ポイントになると思われるときどきに子ども
とどう対決したかが重要です。
両親が、女子高生の監禁に気づいていたかどうかは知りませんが、子どもの部
屋が非行グループのたまり場になっていること自体がもう異常なわけです。
世間的な体面を気にせずだれかに相談するとか、隣近所に協力をたのむとか、
必死の対応が必要だったのではないでしょうか。
仕事が忙しいなどというのは理由になりません。少なくとも仕事どころじゃな
いと思います。子どもが、いわば死ぬか生きるかの瀬戸ぎわにいるんですから。
あきらめず、なげず、全力をふりしぼって体をはってでもたちむかってほしかっ
た。残念でなりません。
地 域
この事件の非行グループが住んでいた足立区の綾瀬地域は、新興住宅地です。
人口が急速にふくれあがり、共働き家庭も多く、住民の連帯が希薄だったよう
です。
この家庭がどの程度域地に根をはっていたかは知りませんが、非行グループの
たまり場になっているということは近所でもわかっていたと思います。しかし、
家のなかのボロをみせまいとする両親の気持ちもあったのでしょう、近所の人が
少年たちに忠告するとか両親に情報を入れてくれるといったことがなかったのだ
と思われます。
こうした事件を契機に、生活共同体としての地域の再生を真剣に考えなければ
ならないでしょう。道路やゴミなどの問題だけでなく、子育ての問題をとくに。
学 校
女子高生監禁殺人事件とその後に起きた母子殺人事件にかかわった少年たち
は、同じ中学校の出身でした。これは偶然としてすまされない。その学校の固有
の問題があったのではないかと思います。
この学校はかって道徳教育の研究奨励校、推進校だったとききます。教師の体
罰が横行し、きびしい校則など管理教育だったようです。
一般的な傾向としていじめがやや下火になったあとに登校拒否の増加がいわれ
だしたころ、足立区内にそれまでとちがうタイプの登校拒否=「不登校」があら
われました。
「不登校」、つまり管理をきびしくして、校則違反をする非行生徒を校門でお
いはらうわけです。この学校がそのような学校だったときいています。登校拒否
が一校で数十人となれば大問題です。そうした生徒がグループ化していくのは目
にみえていたはずです。
社会・行政
かっては個別的、家庭的、私的だった家庭のさまざまな営みが、高度経済成
長以降いろいろな形で社会化してきている。生産、消費、もちろん子育てや教育
も、真剣な社会的対応がもとめられます。
政府の教育、福祉の切りすて、学習指導要領の問題、四十人学級や教師の定
員など教育条件整備の問題もあります。こうしたことへの早期対策の必要性は、
外国と比較するまでもなく続発する一連の事件をみるだけで十分です。
こんご中退者、無職少年の犯罪が大きな問題になると思われます。受験体制、
管理体制からはじきだされた子どもたちです。学校からも地域からも放置され、
うらみつらみをつのらせていく…。危険な状態です。
中退者をださない努力、あるいはその後のアフタケアは、社会や行政の責任と
いえないでしょうか。
ある母親
の場合は
東京・足立区
共働き 45歳
いま思うとゾッと
親子の”対決”で
のりこえた危機
けっして人ごとではない。あの事件を知ったとき、痛切に思いました。
私のところも共働きで、私は共産党や新婦人の活動をしています。むつかしい
年ごろの高校三年の息子と高校一年の娘がいます。
子育てでは、いろいろなことがありましたし、いまもそうです。とまどいなが
ら悩みながらやっています。とくに昨年は、息子がアルバイト、娘は塾、夫は
残業、私が活動と、たいへんでした。いつ家庭崩壊しても不思議ではない状況
で、いま思うとゾッとするんですよ。
でも、そのときどきで親子の真剣な”対決”があったことがよかったのかなと
思います。
バイク
息子が高一のとき、バイクが欲しくてアルバイトを
始めました。どうしても買うというのです。私は反対しました。私は目の前でい
たましいオートバイ事故を二度見ているからです。
毎日のように口論になりました。「うるせぇ」「なんだ、てめぇ」と大声での
のしり、私のおしりや腰をけとばすんです。体力もありますから、こわい。でも
私はひきませんでした。
そしてある日、息子に冷静になって考えてほしいと思い、便せん七枚の手紙を
書きました。自分がけがをしたらどうするのか、相手にげがをさせたとき責任と
れるのか、なによりいのちの大切さを訴えたんです。二日、三日…。破って捨て
たかと思いましたが、一週間後、「買うのをやめたよ」といいました。そ
のときのうれしかったこと。
とっくみあい
息子は高校
に入ってよく遅刻した時期があります。私が何度注意
しても「うるせぇ」というだけ。
夫が注意しても、「なにい、てめぇ」でした。これには夫も激怒。そのままに
していたら絶対によくないと思ったのでしょう。とっくみあいを始めました。私
は、包丁を隠しました。ふすまが破れようが、物がこわれようがとことんやらせ
たほうがいいと思ったのです。いつもはぎゃあぎゃあ叫ぶ娘ですが、このときは
黙ってみていました。
それ以後、遅刻は少なくなり、夫への口のきき方もよくなりました。
このとっくみあいでは、二人とも顔や頭を殴ったりはしていません。というの
は、息子が中学のころ友だちとふざけてけんかし、相手の顔を傷つけたことがあ
ったからです。そのとき夫は一度も怒らず、親子三人でその家におわびにいきま
した。深々と頭を下げた父親の姿を息子は忘れることができないというので
す。
甘 え
娘は高校生になってから、子どもみたいにベタベタ甘
えているんです。これまでなかったことです。きいてみると、小さいときから会
議などでほったらかされていたから、いま甘えたいというのです。心が痛みまし
た。
それで、ときどき二人してふとんの上でふざけあうんです。あっちこっちくす
ぐったりさわったリ…。十分ぐらいすると「ああ、スッキリした」と、娘はうれ
しそうにいうのです。
弁 当
夫も会社の弁当はおいしくないといい、息子も弁当で
ないと体かもたないといいます。以前はお金を与えていたんですが、いまは弁当
をつくっています。活動でどんなにおそくなっても朝六時には起きて、夫と息
子、娘の三つの弁当をつくります。
「早く起きてつくるのたいへんでしょ」とか「きょうはおいしかったよ」なん
ていってくれます。弁当一つが会話になり、家族のきずなを強めるもんなんだな
と思います。
恥をさらす
息子の高校には子どもの立場にたって考えて
くれるすばらしい先生もいらっしゃいます。
私はPTAの役員をしています。息子も賛成してくれています。子どもを差別
してはいけないと、娘の学校でもPTA活動をしています。
このPTA活動のなかで私は、息子や娘のこと、家庭のことを隠さず話しま
す。意識的に家の恥をさらすわけです。そうすることで子育ての共通の悩みを話
題にすることができると思うからです。
新婦人などの活動のなかでもそうです。いまぶちあたっている問題をいろいろ
と話します。元教師もおり、アドバイスしてくれます。なるほどと考えさせら
れることがたくさんあるんです。
親は恥をかくことで成長し、子どもを守る−−などと思ったりもしていま
す。
対 話
夫は共産党員ではありません。以前はいろいろありま
したが、いまは私の活動を理解してくれています。私は週の半分ぐらいは会議な
どで遅くなります。そんなとき、買い物をしておけばときどき夫が食事をつくっ
てくれたりします。
夫と息子はたまにいっしょにつりにでかけたりし、私と娘は買い物をしながら
よく話します。
日々の忙しいなかでも、できるだけ、一言でも二言でも言葉をかわす努力をし
ているんです。