1989年5月24日(水)「赤旗」
追跡女子高生監禁殺害事件 《5》
生徒指導指定校  管理、体罰の影で


 犯人の少年たちは、いずれも東京・足立区内の同じ公立中学校の卒業生です。
 少年たちの荒廃の軌跡を取材していて、その中学校の抱えていた問題が浮かび
あがってきました。同校は、今回の事件のほかに、別のグループが同時期、在
学中に母子絞殺事件を引き起こしており、これまでの教育を厳しく問い直す声が
起きています。

  生徒を押さえ込
  もうとする方向

 八〇年代初め、全国的に校内暴力などのあらしが吹き荒れて以降、大きくいっ
て、学校の対応の仕方に二つの方向が現れました。
 一つは体罰を含む厳しい管理≠ナ生徒を押さえ込もうとする方向。もう一つ
は生徒が主人公となり、生きいきと輝ける学校を目指そうとする方向です。同校
は前者の典型的な学校でした。
 数年前まで同校には教師の体罰が横行していました。試験の成績が悪いと長
時間の正座を強いられる。私語が多いといっては殴られる。生徒の耳の鼓膜が破
られることも一度ならずありました。
 自室が女子高生監禁の現場となった少年C(一六)が、一年の終わり、所属してい
た運動部を集団で退部したのは、練習中のふざけや私語を理由に教師が体罰をふ
るうのに嫌気がさしてのことでした。
 Cが所属した部を指導していたのは若い教師でした。同校は新卒間もない職
場。周囲の教師は体罰を含む力≠ナ生徒を押さえ込む。「自分もそうできなけ
れば一人前に見られない、と夢中だった。いま思えば、もっと別のやり方も
あった…」。その教師は、他の学校へ転任する際、そう語ったといいます。同校
の管理主義は、生徒だけではなく教師の成長をもゆがめていたのではないでしょう
か。
 同校は、八五、八六年度、文部省の生徒指導総合推進校に指定されていまし
た。東京都教育委員会などとの緊密な連携のもとで、全校的に体制もとり、生徒
指導にとりくみました。二年間の実践を経て文部省に提出された研究成果報告書
には、「二年間で荒れ≠ェおさまり、落ち着きをとりもどしてきた」旨の報告
がありました。

   子どもの素顔
   見えていたのか

 しかし、まさにその二年間に、二つの殺人事件に関与した少年らが在校しても
いました。学校が、「落ち着いた」という一方で、子どもの素顔≠ェ見えなく
なってはいなかったか。今回の事件は、生徒指導のあり方の根本からの問い直し
を求めています。
 同校は、この一、二年、体罰をなくし、不登校の子どもをなくすことを柱に、
いわば教育の再生≠ヨの道を歩み始めようとしていました。その矢先に、今回
の事件が起きました。
 東京都教職員組合の足立支部は、来月十四日、「今、子どもの危機を考える」と
のシンポジウムを計画しています。教師、父母、弁護士や教育学者…。子どもを
健やかに育てたいと願うすべての人の知恵と力を集めようと。
 在校生の母親の一人は「あまりにも大きな犠牲をうんでしまいました。命の
大事さ、他人の痛みのわかる子どもを育てられる学校に、地域に、生まれ変わら
なくては、殺された方々が浮かばれません…」と言葉をつまらせました。  (つづく)